むささび通信

映画/二人で歩いた幾春秋(木下惠介)

終戦直後から昭和37年まで山梨県で道路工夫をしながら生計をたてる夫
(佐田啓二/中井貴一・貴江の父、昭和39年に38才の若さで交通事故死)
と役所の小使いをして家計を助ける妻(高峰秀子)。

夫は毎日砂利とほこりにまみれ道路を補修し、
妻は役所で掃除からお茶汲み、雑用とこきあつかわれる毎日。
働けど働けど暮らしは豊かにならないけれど、
それでも二人は一人息子の将来だけを楽しみにしており、
大学進学を希望する息子のためにお金を工面する。

ところが京大に入ったはずの息子は実は大学に落ちて浪人しており、
翌年受かった後も親の仕送りだけでは足りない生活費を補うためアルバイトをし、
そのため学業がおろそかになって卒業すら危うい状態。
一度は卒業をあきらめ実家の山梨に戻る息子だけど、
父に説得され、再び復学し最後は卒業してめでたしめでたし・・・。

ストーリーだけ追うとなんてことない話だけど、
息子の進学のためならどんなことでもするという両親の姿は
現在の中国の農村を見ているみたいだし、息子の進学祝いを買うために
甲府のデパートに行き、食堂で財布の中身を気にする母親の姿もおかしくて哀しい。

そして、息子への仕送りを増えるのを心配する妻に
「道路があるかぎり、仕事はなくならないさ」
と夫は励ます。
それはまんま、公共事業にたよってきた数十年の日本の歴史に重なる。

また息子の卒業式での夫婦の会話。
おそらく東京に行くであろう息子のことを
「これからが大変だ。東京は競争も多いからなあ。
あれだけ卒業生がたくさんいるんじゃなあ」と話す夫に
妻は「まじめにコツコツ働いてさえいれば大丈夫よ」。

この時舞台は昭和37年、映画の製作も同じ昭和37年。
あれから47年たった今、これが一番あやぶまれている。

佐田啓二特集は神保町シアターで開催中。
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by musasabi-sapana | 2009-09-03 22:32 | 映画・本・美術 | Comments(0)
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