むささび通信

カテゴリ:映画・本・美術( 55 )

映画/サウダーヂ

最近昭和20〜30年代の作品ばかり観ているので
ひさしぶりに劇場で観た日本映画サウダーヂ

舞台は山梨県甲府。
シャッター通り、にぎわっているのは巨大ショッピングモールだけという
いまや地方都市ならどこでも見られる風景。
産業と呼べるものもとりたててない町。

公共工事で潤ったはずの土木建築業もすっかり減ってしまったけれど、
ずっとその仕事に従事してきた土方、そこでバイトをしながらラッパーをしている男、
タイ帰りの日本人、あやしげな水販売に手を染める土方の妻、
ギャンブル依存症の老夫婦、いかにもうさんくさい政治家、
日系ブラジル人、タイ人、これらの人々がごちゃまぜに生きている。
そこではクスリも普通に流通している。
いつの間に地方都市は東南アジア化してしまったんだろう?

土方の男達が汗水流して穴を掘るシーンが哀しい。
カンボジアのポルポト政権時代だったか、文革の頃だったか
ひたすら穴を掘り、自分でその穴を埋めるという作業(拷問?)が
あったと聞くがそれを思い出す。

土方の男はほれてしまったタイ人ホステスにささやく。
「こんな日本を出てタイで暮らさないか?俺、向こうで一生懸命働くから」
男の甘い幻想にタイ人ホステスは冷たく答える。
「タイは気候があったかい?人がやさしい?のんびり暮らせる?
タイの給料では家族は養えない」
童顔のかわいい顔に似合わずバッサリと。

日系ブラジル人にとって長年住んできた日本は第2の故郷といってもいい。
それでも仕事がなくなればブラジルを知らない子ども達を連れて
祖国に戻らなくてはならない。

日本に見切りをつけて脱出したい日本人、
出たくなくても出ざるをえない日系ブラジル人。

サウダーヂとはポルトガル語で郷愁、情景、あこがれといった意味らしい。
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by musasabi-sapana | 2012-01-11 18:38 | 映画・本・美術 | Comments(0)

朽ちていった命・原発労働記

福島原発の1、2号機原子炉建屋の間にある排気筒配管付近で計測された
毎時10シーベルトの放射線量。
7〜8シーベルトで間違いなく人間の致死量に達するレベルだ。
本当にここ1カ所だけなのか。
まだ他にもこういった場所がいくつもある気がする。

1999年の東海村の臨界事故で死亡した作業員の
方の1人が被曝した量は最終的に20シーベルトだったという。
その治療の記録をまとめた本「朽ちていった命」を読むと、
人間の身体が細胞レベルでずたずたにされ、最後には本当に朽ちていくように
なっていく様子に震撼する。
日本だけでなく海外の放射線医学の医療従事者を結集したチームをつくり、
大量輸血(下血を含め1日10リットル前後の体液が身体の外に漏れてしまう)、
血圧を維持する昇圧剤、造血幹細胞の移植、考えられないほどのモルヒネの投与、
ありとあらゆる治療を試みるけれど、壊されてしまった遺伝子は修復しようもなく
およそ3ヶ月の後35才の若さで亡くなる。
治療に苦しむ患者、「これは実験ではないのか、いやなんとしても助けなければ」と何度も自問自答を繰り返す医者、看護師、どんな姿になっても生きていてほしいと願う家族の気持ちも描かれ
胸が苦しくなる。

そして「原発労働記」
フリーライターの著者が1978年から1979年にかけておよそ半年間、
美浜、福島、敦賀の原発で1労働者として働いた記録。
1日も欠かさず、作業の様子が克明に記されている。

原発は数年間運転をすると3ヶ月ほど定期検査に入る。
その間全国から労働者が集められる。
家族を養うため農閑期に来る人、地元では他に就職がなく従事する若者、
あちこちの原発を渡り歩く人。
いずれも好きで働くわけではないが生活のため、という理由がほとんどだ。

おざなりな健康診断、ずさんな放射線管理教育
(原発構造を知らされるわけでもない)、
いい加減な外部・内部被曝などの放射線測定、
人が入ってする定期点検を見越していない原子炉の設計など
いかに労働者のことなんてまるで考えていないかがよくわかる。

匍匐前進でしか進めなかったり、
中腰でしか動けない数十センチの隙間での設備機器タンク内での清掃や点検、
足場の悪い高所での危険な作業、
窒息しそうなほどの苦しい全面マスク・防護服、
高い放射線量におびえながらのアラーム・メーター隠し、
(規則そのままではすぐ鳴ってしまうので)
怪我をしてもおりない労災認定(電力会社に事故を隠すため)、
30数年前とはいえ、あまりの劣悪な環境はまるで昔の炭坑夫だ。
もちろん現場には電力会社の社員などほとんどいなくて
作業をするのは下請け、孫請け、ひ孫請けの労働者。

そしてちょうど著者が働いている時にスリーマイル島の原発事故が
おこる。
ニュースでは大々的に報じているけれど、
それでも一緒に働いている仲間は全く無反応。
著者のことを心配して電話をかけてきた友人が驚いて言う。
「みんなあきらめの境地なのかな」
どんどん増設される原発の地元住民の言葉。
「これだけ原発ができてりゃあ、あと1つや2つ増えたってたいした違いじゃない。
反対したって今ある原発まで無くなるわけじゃないし。
どうしようもないってとこじゃないの」

当時この本が書かれたころは日本全国に原発は27基。
国、電力会社、マスコミ、広告会社の陰謀と
自分を含めたみんなのあきらめの境地(イコール無関心)で
倍の数になってしまった。

どちらも必読の2冊。









共通しているのは、現場で働いている作業員の人は
原子力のことをほとんど知らされていないこと。
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by musasabi-sapana | 2011-08-02 12:51 | 映画・本・美術 | Comments(2)

映画/100,000年後の安全

10万年後の地球、想像したことがあるだろうか。
10〜20万年くらい前というとネアンデルタール人など新人が出てきた頃らしい。
その時代から現代までの長い長い歴史を考えるととてつもない時間だ。
ところが原子力発電で使用した使用済み燃料(放射性廃棄物)
が生物にとって無害になるのは10万年かかるという。

この映画は北欧の国フィンランドが自国で生み出された使用済み燃料の
最終処分場建設を撮影したドキュメンタリー。
この貯蔵施設はフィンランド語で隠れた場所という意味の「オンカロ」と呼ばれ、
ヘルシンキから240kmの島に現在建設中で、
なんと完成するのは100年後の22世紀。
スロープ状に掘られ地下500mに広がる地下都市のような施設は
完成後入り口は厚いコンクリートに覆われ、永遠に封鎖される。
このプロジェクトに関わる研究者達は言う。
「未来の人々がこの場所(地下)を永遠に忘れてくれることを願う。
地上には草木が普通にはえ、森があって動物が住み、
人はそこで普通に生活してくれることを」。

しかし、その「永遠に人間の目に触れさせないこと」は可能なのか。
地球では6万年ごとに氷河期が訪れる。
そしてその時に人間の記録も失われてしまう。
もし10万年後の人類がなにかの拍子にこの「オンカロ」
を見つけてしまったら?
入り口になにかモニュメントのようなものを建てそれに刻むのか?
でもだいたい人は「危険」と書いてあるほど見たくなるものだ。
もしかしたら財宝と間違えるかもしれない。
そもそも危険を知らせる共通の言葉はあるのか。
象形文字のようなもので?
研究者達もあらゆる方法を考えるが予想がつかない。
それでも今できる最良のことはとにかく人間からできるだけ遠く、
そして永久に見つからないところに封じ込めること。
「永遠に忘れることを忘れてはいけない」。

映画を観てつくづく思うのは人間は見つけてはいけないものを
見つけてしまった、ということ(これは運命というしかない)。
原子力はどう考えても人の手には負えないものだった。
それでもこのような施設にカメラが入れる上に全ての情報を公開する
フィンランドという国にも驚く。
「安全です」と言い続け、情報を隠したどこかの国とはえらい違いだ。
原発はトイレのないマンションというたとえをよく聞くけれど、
日本の54基の原発で出た放射性廃棄物の行き先も
もちろん決まっていない。
原子力は10万年後どころか30年、いや10年後の未来ですら描けない国
が最も持ってはいけないものだったということを
いまさらながら思う。

処分場、いっそ東京の地下に作ったらどうだ。
映画はこちら
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by musasabi-sapana | 2011-05-05 23:13 | 映画・本・美術 | Comments(0)

映画/ハーブ&ドロシー

NYで1960年代から住まいの広くないアパートに膨大な現代アートの
コレクションをしてきた夫婦のドキュメンタリー。
2人の生活を中心に昔から交友のあるアーティストのインタビューもまじえ、
1960年代からのNYのアートの歴史などもすごくわかりやすく
描かれており、美術に感心のない人にもすごく楽しめる作品。

ドロシー(妻)の給与で生活し、ハーブ(夫)の給料はすべて現代アートの
コレクションにつぎこむ。
これがどっちか片方の趣味だったら破綻していたはずだけど、
2人共通の趣味なのだからすごい。
コレクション依存症といっていいくらい。
決して高い給与をもらっていたわけでもなく(夫は郵便局の仕分け、
妻は図書館員)おそらく生活自体は質素だけど、
好きなものにはとことんのめりこむ2人なのだ。
一時はようじ1本入るすきまもないくらい、壁、天井まで、ぎっしりだったという。
あるアーティストの証言。
「ベッドの下にも作品がすごくてだんだんベッドが高くなっていったんだよ」

ハーブとドロシーの作品への評価はこむずかしくない。
好きかどうか。
そして作品だけでなくアーティストがそれを生むまでのプロセス自体も
興味深く、作品と同等の価値があるという。
おもしろいのはハーブは前のめりになって鋭く食い入るように作品をみつめ、
後ろにすっとたっておだやかに作品をみるドロシーの対称的な姿。
(あるアーティストはこの姿勢を作品にしていてこれもおもしろい!)
共通しているには脳で消化するのではなく、持って生まれた審美眼で
魂に直接作品を取り込むこと。
そして作品は売らないこと。
後になって高い値段になっても「金もうけのために集めているんじゃないから」

結局最終的にはあふれた何千という作品の寄贈先が
ワシントンのナショナルギャラリーになるのだけど、
いくばくかの謝礼金で「ソファを買うとか、生活自体を心地よく
してもらいたい」という、親族やナショナルギャラリーのスタッフの願いも
むなしく、またもやアート作品を買い続けているらしい。

NYという交通手段のよい立地とアートの密集度があったからこそ
可能な蒐集だったとはいえ、こんなユニークな夫婦はそういない。
こういう人生もすばらしい!

映画はこちら
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by musasabi-sapana | 2010-11-25 16:45 | 映画・本・美術 | Comments(0)

セゾン文化は何を夢をみた/永江朗

1980年代から90年代のバブル時代、
うわついていて誰もがなんだか豊かになったような錯覚に
陥っていた時代。
全然好きではなかったけど、あの頃よかったなぁと思うことのひとつ。
それは池袋西武9階から上のアール・ヴィヴァンがあったこと。
高校が美術系だったこと、家が西武沿線だったので
社会人になってもしょっちゅう通っていた。
ここは本屋、レコードショップ、詩の店などが集まっている売り場。
床は絨毯で、詩の店は真っ黒な内装だし、店内はキコキコギーギーいう
現代音楽がかかっていた。
いついってもすいていて、でも洋書を含めアート本も
おもしろいものがそろっていて
何時間いても飽きない場所。
そうそう、ここで何度かレコードのジャケ買いをして失敗をしたっけ・・・。
(それこそキコキコギーンの繰り返しみたいな)

そしてバブルははじけ、消費動向も変り、
西武も勢いを失い、そごうと合併し・・・となっていくのは周知のとおり。

本書は1980年代、アール・ヴィヴァンで働いていた著者が
25年以上を経てあの「セゾン文化」というのはなんだったのか、を
当時の西武百貨店文化事業部長、セゾン美術館館長、リブロの創設者、
そして堤清二にインタビューして総括しようというもの。

既存の書店での棚作りをリブロが変えたこと、
1975年西武美術館オープンの際、当時デパートでの
絵画の展覧会といえば印象派しかなかった時にあえて現代美術を
やろうとした試み、ブランド全盛の時に無印良品を作ったこと、
文化・芸術派の社員(外から来た人)とほとんど本など読んだことのない
流通系社員の温度差の違いの苦労話など、
当事者の言葉で語られておもしろい。

そういえばそのころはなんとも思っていなかったけど、
デパートの宣伝に糸井重里、田中一光、松永真などが
かかわっていたのだからかなり贅沢な話だ。
これらの仕掛けは「文化・芸術活動を通して民主主義を広めよう」という
堤清二の声がけのもとに始まったこととはいえ、
彼の独裁的手法というより、なにかおもしろいことをやってやろうという
遊び心、創意工夫に魅力を感じて様々なクリエイターや文化人
が自然と集まって(サロンのようなと書いてある)きたようなのだ。
西武に入社希望する新入社員のほとんどが「文化事業部」希望だったという
逸話もある。(友達にもいた)

それでも「文化とビジネスの両立」という矛盾をかかえたセゾンは
時代とともに失速する。
堤清二が文化・アートにつぎこみすぎて失敗したのではないことも
本書を読むとよくわかる。
セゾンは役目を終えたんだということが。

最後、筆者が堤清二にインタビューした際、10代〜20代にセゾン文化の影響を
受けた作家が活躍する今、感想を聞くと「マーケティング絵画ですよ」
と言ったのが言い得て妙。

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サパナの年賀状、今年も25種類のデザインをそろえました。
12/3まで早割もありますよ!
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by musasabi-sapana | 2010-11-13 17:14 | 映画・本・美術 | Comments(0)

レポ

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トロさんが新しく創った雑誌「レポ」。
この出版不況と言われているなか、なかなかチャレンジャーだ。
書店で売るのではなく、(売っているとこもある)
読者に直接届く「分厚い手紙」でノンフィクションが中心。
(マンガもあるよ)
畑を一緒にやってる和田さんも書いてます。

昨日、その「レポ」が届いた。
いやあ、おもしろかった。
夕方から一気に読了。
途中、むふむふと笑ったり、ええっと驚いたり。
世の中、いろんな人がいて、それぞれがもぞもぞあちこちで生きている。
思い切り肩の力は抜けてるけど、一生懸命。
読んだあと、なんだかすっきりしますよ。

ただいま年間購読者募集中!だそうです。
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by musasabi-sapana | 2010-09-19 19:37 | 映画・本・美術 | Comments(0)

映画/秋立ちぬ(成瀬巳喜男)

ずっと観たくて長らく待ちわびていた作品。
昭和35年、銀座近辺の新富町のひと夏が舞台。
長野から父をなくした親子が母の実家の八百屋に身をよせる。
母は近所の旅館で住み込み、小学生の息子秀男一人が預けられる。
東京が初めての秀男はなかなかなじめないが、
母の勤める旅館の娘順子と親しくなる。
海を見たことのない秀男、カブトムシなど昆虫はデパートで買うものと
思っている順子、接点のない二人だけど、
同じように父がいなくて(順子はお妾さんの娘で父と一緒には暮らしていない)
忙しい母ともふれ合えず、寂しさをかかえているのが同じなせいか気が合う。

この二人の交流を中心に描かれるのだけど、
秀男の母が男と駆け落ちしてしまったり、
順子の家事情(なんせお妾さんの家なので)など
ほろ苦いストーリーになっていて、
とても「ほのぼの夏休みの思い出」とはいいがたい。
どんなに二人が楽しそうに遊んでいるシーンでも
決して長続きはしないだろうという予感で
鼻の奥がツーンとしてくる。

50年前の銀座、新富町、東銀座の風景がすてきすぎる。
今現存するのはたぶん和光くらいで
当時の面影はあとかたもない。
モダンな外観の喫茶店、長い板塀の続く旅館、木造の商店、
築地川と柳のゆれる川べり。
そして今は高層マンションの林立する晴海、東雲あたり。
海の前は泥で埋め立てられた荒涼とした土地が広がるだけ。
野球すら満足にする土地のない都会で
「ここだったら野球が思いきりできるなあ」と感動する秀男に対し、
「いずれマンションやビルがたくさん建ってしまうのよ」と言う順子、
まさに50年後の今を予感したセリフ。
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by musasabi-sapana | 2010-08-19 15:01 | 映画・本・美術 | Comments(0)

梨木香歩/家守綺譚

都内最高齢と言われていた111才のおじいさんが30年以上前に亡くなっていた
というニュースは最初いろいろ想像をかきたててくれた。
この30数年、家族は本当に一度もおじいさんの部屋を覗かなかったのか?
けっして広いとはいえない間取り(1階がたぶん2DKくらい)で
あるときまで家族5人+遺体とどう暮らしていたのかなどなど。
このまま見つからなかったら都内どころかすぐに日本一、
ずっと記録更新しつづけることになっていたのだ。

「即身成仏したい」と言っていたおじいさんとはうらはらに
家族間では年金の不正受給など、どうやら現実味をおびた
なまぐさい話のようなので少々がっかり(?)。
即身仏になったおじいさんとひそかに交信をかわしていたとかだったら
おもしろかったのに。

図書館でたまたま見つけて読んだ梨木香歩の「家守綺譚」が
非常におもしろかった。
100年ほど前の日本、舞台は限定できないけど京都あたりか。
ボートの事故で失踪した親友の家を守ることになった売れない文筆業が主人公。
部屋にかかる掛け軸の絵から夜な夜な親友が現れたりする。
日本家屋には庭があり、四季おりおり植物が咲き乱れる。
その庭木のひとつサルスベリに惚れられて、親友に
「ひとつおもしろい話を聞かせてやってくれ」
と言われそうすると身悶えして喜ぶサルスベリ。
元は迷い犬のゴローとカッパの交流、
謎の物体を拾った主人公に「ああ、それはカッパです」とひょうひょうと
教えてくれる不思議な隣の奥さん、
タツノオトシゴの出産、庭の池に一瞬住み着く鯉の人魚、小鬼、
何度もだます狸など
かなり荒唐無稽な内容でも
文章の美しさと表現力でするすると読ませる。
またひと昔前の日本というところがミソ。
夜は闇が多く、うっそうとした庭、木造、隙間だらけの家はあの世や
異界からも生き物がもぞもぞと来そうだもの。

とても映像的なんだけど(頭の中にむくむくその情景がうかぶ)いざ映像にすると
気色の悪い物になってしまうんだろうな。
これぞ小説ならではといった作品。
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by musasabi-sapana | 2010-07-31 12:24 | 映画・本・美術 | Comments(0)

みんなのサザエさん展/世田谷文学館

世田谷文学館で開催中の「みんなのサザエさん展」へ。
そうだった、そうだった。
私の中のサザエさんはテレビじゃなくこの4コマまんがだった。
なつかしさがこみあげる。
子供の頃、暗記するほど何度も繰り返し読んだサザエさん。
最初は下駄をはいていたサザエさんがだんだんおしゃれになって、
表紙も牧歌的な絵から当時流行ったミニスカートとかレザーのコートとか
サイケな柄の服を着たものになっていったんだった。

サザエさんをはじめとするイソノ一家ものりすけさんたちも
テレビの普通っぽいキャラクターじゃなくて
マンガの中ではもっととぼけてておっちょこちょいで
こずるいとこもあってそれがおもしろかったんだよねぇ。

会場のショーケースに並ぶマンガを読みながら、
当時笑ったおんなじところでやっぱり吹き出してしまった。
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by musasabi-sapana | 2010-07-20 22:30 | 映画・本・美術 | Comments(2)

川本三郎/いまも、君を想う

新聞で文芸、映画などの評論家川本三郎の
奥さんの訃報記事を見たのは2年前の今頃。
先日その川本三郎氏の新刊「いまも、君を想う」を読んだ。

タイトルからして直球そのもの。
内容も35年連れ添った愛妻へのあふれる思いに満ちている。
闘病の様子もあるけれど、それよりは出会い、一緒に行った居酒屋での思い出、
ファッション、手料理、旅行などのエピソードが書かれている。

奥さんはファンション評論家。
どちらかといえば硬派というか
おしゃれな町よりは下町歩きや大衆居酒屋好きの川本氏と
どこで接点があるのか昔から不思議でならなかったけど、
本書を読むと本当にぴったりの夫婦だったのだと納得。
普段の食事を中心とした家事からマンションを買う時、リフォーム、旅行の算段
まですべて奥さんにまかせきり。
テレビの討論番組を見たりするのも好きだった
しっかりものの奥さんとは紫陽花や散歩を愛し、
お互いに無類の猫好き、など叙情的に共通する部分も多い。

そして1970年頃、川本氏がある政治的事件で朝日新聞社を
解雇された時、当時結婚を約束していた
奥さんが言った言葉「私は朝日新聞社と結婚するわけではありません」。
二十歳そこそこの学生とは思えない気骨のある女性だったんだと思う。

亡くなってしまった人の思い出は美しいというが、
それにしても夫に先立たれた妻が書いた哀悼のことばはここまで
めろめろだろうかと思うほど妻への思慕が切々と語られる。

私には連れ添った年数を数えれば45年を超える両親がいるが、
年と共に頑固になった父に腹をたてることが多くなった母が
本書を読んで言った。
「反省したわ。もっと仲良くしようと思うわ」
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by musasabi-sapana | 2010-07-06 19:01 | 映画・本・美術 | Comments(0)



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